犬の祖先はジャッカル説とオオカミ説とに分かれているが一般的にはオオカミ説と言われている。
オオカミ説を利用してオオカミに見られる群れの中での順位(階級)制を犬と飼養者の関係に当てはめようという論法が犬のトレーニング界に古くから存在している。犬の祖先のオオカミは群れ動物で野生の群れにはアルファオオカミを頂点とする秩序ある厳しい順位が敷かれ、その仕組みは犬にも受け継がれ、犬たちは人間の家族をも含めた状態で順位を敷く。そのため犬の飼養者はこの群れの順位を利用して飼養者は群れのアルファ(リーダー)にならなくてはならないという論法だ。飼養者が犬を甘やかしていると犬は自分を優位個体だと思い込み群れの支配者(リーダー)になってしまうため飼養者の言うことをきかなくなってしまうというものだ。
このオオカミにおける社会構造の知識は、国立公園や動物園など囲いの中のオオカミのグループで観察されたものに基づいていて、野生のオオカミを観察したものではなかった。囲われた環境下にいるオオカミでは群れから出て行くことは不可能なため権力闘争がおき、そのようなシーンを観察することで順位制における攻撃の役割を取り上げてきたといえる。
後の観察で実際の野生のオオカミの群れは家族単位であり、2~3頭と小規模な群れが多く、野生のオオカミの群れの中でほとんど攻撃性を見せることはなく、攻撃性=アルファということを観察することはできなかったといわれている。また、順位が低いオオカミが大切な資源を守るためにあっちに行けとばかりに順位の高いオオカミに唸ることもあったといわれている。このことから人に対して犬が唸るのは犬がアルファになったからという理由は成り立たないことがわかる。囲われたオオカミであってもアルファオオカミがその群れの中ですべての行動を仕切っているわけではなく、ある場面では仕切っても他の場面では他のオオカミがその場を仕切るなど、群れの構造というのはもっと大きな集団力学で形成されていることもわかった。そもそも群れを形成する利点の一つに狩猟における協調作業があり、オオカミが順位にこだわるのは食べ物の確保と子孫(アルファ雄とアルファ雌の間でしか子供を作らない)を作る権利の確保のためなのだ。
では、犬同士に順位は存在するのかというとスコットとフラーの調査で犬同士の順位制は犬種によってその成り立ちが異なり、イアン・ダンバーの調査で個体間によって異なることが明らかになっている。また、多頭飼いの犬同士に順位制による争いが見られることからも順位は存在するといわれている。ただし、犬同士に順位は存在してもその中に人が含まれることはなく、犬にとって人がリーダー(支配者)になることはないことを覚えておいてほしい。
ただ、誤解しないでほしいことは犬は犬であり、人間ではなく、人間社会のルールやマナーを知る由もないこと、そして人間社会で暮らす動物なので飼養者は犬に対して人間社会のルールを教え、人間社会で生きやすいように導く犬の親(保護者)=リーダー(リーダーシップ)の役割を担う必要があるということだ。ここでいうリーダーとは群れの支配者や絶対者という意味ではなくルールを提示し教え導くものと理解してほしい。
犬がトレーニングを上手にこなすのはそのトレーニングの動機づけが上手くいったからこそでありトレーニングを上手くこなしたからといって飼養者をリーダー(支配者)として見なしているわけではないのである。正の強化によって楽しくトレーニングを施された犬は、飼養者から受ける楽しいこと(良いこと)を期待するようになるため積極的に指示に従うようになるのだ。それは飼養者(指示をする人)自体が良いこと、つまりは強化子(リーダー)になるからなのである。
そして、これを受けて現在のトレーニングはオペラント条件付けで反応に強化を与えるルアー・トレーニング法が主流(常識)となっている。
犬に関する研究は現在も続けられており、これからもより多くのデータと最新の調査方法によって新しい発見や新しい研究結果が述べられるはずだ。常識とはその時代において大多数の人の共通知識であって正解ではないこと、今後の研究によって新しいリーダー論に基づくトレーニング法が常識となる可能性もあるということを覚えておこう。
文・写真:吉川孝治
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